3月5日、あいにくの雨でしたが、池袋から明治通りを王子方面へバスに乗り、西巣鴨で下車。交差点を左折。広々とした白山通りに面して、すぐに校舎が見えてきます。この校舎は、2001年閉校した朝日中学校。「にしすがも創造舎」として、2004年8月、再出発しました。
201203-01 戦前『大都映画巣鴨撮影所』があったところで、記念碑があります。
 スタッフの陽さんと米原さんにお話を伺いました。
 都内での確保が難しい、演劇やダンスの恒常的な稽古所としての使用されることを目的に創られた『にしすがも創造舎』。アーティスト、子ども達、地域の人達がものを創りだす「アート・ファクトリー(=工場)」としても活用されています。豊島区文化芸術創造支援事業の一環として、「アートネットワーク・ジャパン」と「芸術家と子どもたち」の2つのNPOが共同で管理運営をしながら、子どもたち向けのワークショップや読み聞かせ・地域の人々とのアーティストによるプロジェクトなどを行っているとのことです。
 例えば『グリグリ・プロジェクト』。“グリーン(植物)とアート”をテーマに、畑作りを通じて大人から子どもまで幅広い交流を生み出そうとする試み。正門を入ると、左右に畑とガーデンが一体となったかわいらしい畑があります。夏には『にしすがもアート夏まつり』。地域の人々と子どもたちが、アートを体感しながら発見や交流ができるよう、様々なプログラムが組まれています。また、親子や家族で一緒に楽しめるワークショップや絵本の会などもあり、これらのイベントは「広報としま」に掲載されることもありますし、HPを見ると詳しく知ることもできます。
 もう1つの大切な機能は、撮影場所の提供。校舎は当時のままなので、教室や音楽室・家庭科室・廊下などが撮影に使われています。しかし演劇やダンスの練習がメインの場所ですので、振動や大きな声がしていてもあまり影響のないプロモーションビデオや、スティール撮影が多いとのこと。体育館は改修され、窓には暗幕が張り巡らされ、冷暖房完備。天井には、照明を吊るための機構が取付けられ、本格的な舞台設備が整っています。館内にスタジオを造り、撮影が行われたこともあるとか。校門からロングタイプのトラックも入れるため、関係者も便利だろうなと思いました。
 帰りに、校舎1階にある『カモ・カフェ』でお茶をいただいてきました。ここは、以前子どもたちの靴箱が並んでいた入口だったところで、間仕切りとして体育館のステージに使われていた深紅の緞帳が下がっていました。図工室で使われていたあの重い四角い木のテーブルと椅子も置かれ、午後にはミニ音楽会が開かれるらしく、ビブラフォンなどが並んでいました。
©Osamu Kurihara
おしゃれな「カモ・カフェ」
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201203-03 子どもも大人もゆったり。
お茶だけでなく軽食も楽しめます
トイレもアート! 201203-04
 校庭は、今も地域の子供たちが自由に遊べる場として開放されています。近くの保育園児たちが毎日遊びに来ているそうです。近所の住民の中には校庭を横切ったほうが便利という人も多いらしく、尾瀬国立公園の木道のように板の道が引かれていました。そして、木の皮で葺いた『カモフォリー』が! 雨にけぶるそんな風景を見ながら音楽を聴く…もう少し居たかったです。ちょっとしたところがかわいい! おしゃれ! と感じました。
さて、にしすがも創造舎を出て白山通りに沿って左に進むと正法院。その近くにはお寺がいくつか。幕末の侠客で、江戸火消しの頭で有名な新門辰五郎の墓のある盛雲寺。「東海道四谷怪談」のお岩様の墓のある妙行寺など。さらに先には、桜の名所染井霊園が広がる。染井地域はソメイヨシノ桜の発祥の地。白山通りをはさんで左側に、とげぬき地蔵で有名な高岩寺。そこから巣鴨駅方向には“○○○ちゃんの原宿”と呼ばれる賑やかな商店街が続いています。
 広くまっすぐな白山通りの両側に大きなビルやマンションが並び、明るく近代的な街を感じさせてくれますが、1本中に入ると、ずーっとずーっと昔を大切に引き継いでいる不思議なところ、という感じがしました。
カモフォリーの裏側は
どうなっているのかな?
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201203-06 撮影用としても活用されている教室。